今日は私の学生時代の思い出を振り返ってみたいと思う。
私は学生時代、兵庫県の西宮市に住んでいた。
通っていた大学がそこにあったからである。
でも学校にはほとんど行ってなかったなあ。
原因はパニック障害に近い状態だったことにある。
教室に座っていると頭の中に天の声が響く。
さらに最悪なことにその声は他の皆にも聞こえているらしく、ネガティブな情報を多く発していたそれは、さも私の発言であるかのように響くので、結果なんだか私は申し訳なくてそれでパニックに陥るわけである。
今はもうそういうのにも慣れて、面の皮が厚くなったということもあるが、なんとかやり過ごすこともできるようになったが。
けど、当時はまだ若かったのでそういうからくりも読めない訳で。
ただひたすら周囲に恐縮して、次第に教室にずっと座っていることが苦痛になった。
余談だが、一度だけ両親を大学の見学に連れていっことがあったのだが、こんなきれいなキャンパスに通えるなんて幸せなことだと言ってもらったことがあった。
でも当時の私にはその言葉は響いてこなかった。
口では両親の言葉に頷きながら、腹の中では素直になれない自分がいた。
大切なものにはほんと気付かないものなんだろうな。
それが若さというものなのかもしれない。
でも今振り返ってみると、自分はあんなにも恵まれていたのになんで当時はそのことに思い至らなかったのかとそう思う。
だから、大学にまともに通ったのは最初の半年だけで後はほとんど行ってない。
で、何をしていたかと言うと家で料理を作ったり掃除をしたりして、後はテレビなんかを見てまったりと過ごす訳である。
ほとんど専業主婦に近いような暮らしである。
音楽は当時から好きでよく聴いていた。
今とは違ってCDの全盛期だったから、少ない小遣いを融通してよくCDを買っていた。
一時は百枚を超すコレクションを持っていたと思う。
ジャンルはロックが一番好きで多かったのだがジャズやクラシックもよく聴いていた。
というのも、大学に入ったらそれまで全く興味の持てなかったものにチャレンジしてみようと思っていたから。
まだ若かった当時の私にとってジャズやクラシックというのは、どこがいいのか全く分からない音楽の代表だった。
それで最初はずいぶん無理して聞いていたのを思い出す。
今では、それらの音楽の良さというのが心から分かるけど。
本などもよく読んでいた。
大学の授業には通わなかったけど、大学の図書館は好きでよく通っていた。
テレビ史なるものの本とか美術史の本とかお笑いの歴史とかそんなのを読んで、そこで覚えた理屈を振りかざしたりなんかして粋がってたなあ。
俗なものをあえて理屈で語るというのに知的ディレッタントの醍醐味を感じてそんな自分に酔っていたのである。
でも考えてみれば、筆者は高校も中退で一年ちょっとくらいしか行ってないし、大学もほとんど通ってない。
まともに学校に行っていたのは中学までで、それ以降はほとんど学校というものと縁がない。
よほど相性が悪いのだろう。
だけどそんな私でも親は頑張って学費と仕送りを出してくれていた。
学校に行かずに遊んで暮らしているこんな私に、である。
今思うと恥ずかしくて顔から火が出そうな思いに駆られる。
が、当時はそんなことには思い至らないんですな。
今は全て縁を切ってしまったけど、数こそ少ないものの本当に腹の底から付き合える友達もその時は何人かいた。
また家庭環境にも恵まれていて、仲のいい家族に囲まれて幸せでもあった。
だけどそうやって、自分の苦労ではなく先天的に与えられているものの大切さに人はなかなか気づかないのが常である。
だから、昔の人は子孫に美田を残さずといったのだろう。
最初からよく整った美しい田を残すと人はそれを大事にしない。
だから最初はあえてぼろぼろの田を渡す。
そして苦労に苦労を重ねて理想の田を追い求める中で、長い年月の修行の末にそれを手に入れた時初めて人はそれを大切にするようになる訳である。
昔の人は人の心の動きを正確に把握していたのだ。
キリスト教の学校だったので宗教の授業もあった。
そこである時、キリスト教の定義が試験に出たことがあって、私はこう答えた。
キリストの出現によって地上に一時的に希望がもたらされたものの、その後の受難の中でもみくちゃにされたおかげで、念願であった御国はついにやってこなかったと。
すると採点された答案用紙には、御国は来なかったというのは間違いで、御国はすでにもう来ているのだと書かれて戻ってきた。
ずっとながらく私はその意味が分からずにいた。
でも今なら分かる。
確かに御国は来ているのだ。
例えば、今の私の趣味の一つである釣りを例にとってみれば。
釣りたい釣りたいという欲望は煩悩の象徴である。
釣具屋さんに行っても釣り雑誌などを見ても、またインターネットなどを見ても、こんなに釣れましたという情報のオンパレード。
それにほだされて、自分も釣れるような気になり勇んで出かけるが結果はボウズであえなくノックアウト。
が、ここで信仰のあるなしが問われる事態が起こる訳である。
信仰のある人はこう考える。
子供時代には憧れだったこんな立派な竿やリールで釣りが出来る。
海は穏やかで、釣り具店の人も親切、何より魚にとって本当に美味しいエサを売ってくれている。
今日は釣れなかったけど、なんだか幸せ。
来てよかったなあ、私は本当に周囲の人や物に恵まれている。
逆に信仰のない人はこう考える。
高い金を出して買った道具なのに何も結果が出ないじゃないか。
それに何だ、あの釣具屋は。
釣れる釣れると口先ばかりで。
自分だけ儲かったらそれでいいのか。
なんで私だけ、雑誌で見るような大きな魚を釣ることができないのか。
本当に私は周囲に恵まれない。
全て悪いのは私以外の皆のせいなのだ。
自分のことは棚に上げて周囲に責任を転嫁する。
時によってはその恨みは天にも向けられる。
なんと恐ろしいことか。
御国が来ないと嘆く人はすでに御国が来ていることに気付かない人なのである。
さっきの釣りの話で言えば、美しい道具と美しい海に囲まれて自然を満喫できる。
すでにそれだけで十分に幸せなことなのである。
つまり御国はすでに来ているのである。
だが、釣りたいという煩悩に惑わされるとそのことに思いが至らなくなる。
自分がどれだけ恵まれているのかに気付かなくなる。
御国が来ている、来ていないというのはそういうことである。
余談だが、そんな解答を書いていた当時の私だが、宗教の先生は試験の点数に最高ランクの評価をくれていた。
当時から、この道に進む運命だったのだろうか。
もっとも私の場合キリスト教じゃなくて、仏教神道の方面なのだが。
ハンバーガーを昼食にするというのも学生時代に初めてチャレンジしたことである。
当時の地方出身者の感覚だと、ハンバーガーと言うのは食事ではなくお菓子の分類であった。
だから、初めてハンバーガーを昼飯代わりに食べているのを見た時は衝撃だった。
都会人ってこういうことをするのかと。
それで私も真似してハンバーガーを食ってみた。
だが、当時の私はハンバーガーが好きと言うより、ハンバーガーを食べている自分が好きという感じであった。
まあ、それが若さというものなのだろう。
ケンタッキーフライドチキンと言うのも当時CMで竹内まりやさんの曲がフィーチャーされていて、いかにも中産階級以上の幸せな家族の風景というイメージが創られていたのを覚えている。
それで憧れて、あれを食べれば自分もそれに近づけるのかと考えて買って食べたことがある。
ちょうどクリスマスの頃だったか。
だけど若かったから、六ピース入りのファミリーパックを一人で平らげて、幸せなのは自分の体重だけという事態に陥っていたのが関の山だったが。
まあそれでも当時は、鼻高々でしたけど。
最後に。
西宮と言えば、山手の高級住宅地が有名だが、自分もいつかはこんなところに家を建てたいとその時は強くそう思っていた。
特にお気に入りは甲陽園や夙川の辺りで、そこへ行くと何とも言えない甘酸っぱい気持ちになったものだった。
おしゃれで小ざっぱりとした大邸宅にアウディやベンツなどの高級外車。
ほんと憧れたなあ。
あの当時は物質的な豊かさがイコール幸せと直結しているのだと堅く信じていた。
若かったなあ。
そして大金を稼いだらその金で慈善事業を大々的にやるのが夢だった。
でも聖書にもある通り、大金持ちの大金の寄付より食うや食わずの貧乏人の一灯の方が価値があるということに当時の私は気づいていなかった。
今、高級住宅地とも高級外車とも縁のない生活をしている私だが、(おそらくこれからも縁がないでしょう) ただ一つ心の豊かさは物の豊かさとはあまり関係がないという事実を冷静に受け入れることができるようにはなった。
金持ちでも不幸な人はいっぱいいる。
もちろん金持ちで幸せな人もいっぱいいるが。
私は今、貧乏の部類だが、悲壮感はかけらもない。
温かい家族や周囲に恵まれて幸せだからである。
一方、将来を見据えて婚活もしているが、最近気づいたのだが、それも悪しき自力の計らいではないかと。
つまり、結婚というものに対して幸せという名の煩悩を持っておりそれに目がくらんで、かえって今現在の幸せが見えなくなってしまっているのではないかと。
もちろん、縁あって始めた婚活なのでこれからも続けては行くのだが。
でも、結果に一喜一憂するのはやめようと思う。
もっとゆったりと構えて、自分には自分の運命があるのだと。
もし結婚が私にとって本当に必要なものなら神様仏様が最適のタイミングで与えてくれるのだと。
さっきの釣りの話と同じ。
釣れないからと言って悩んだり愚痴ったりする必要はないのだ。
もう十分に私は幸せですと。
そう言える自分でありたい。
本日は最後まで読んで下さりありがとうございました。