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三山ひろし 市川由紀乃 コンサート

本日はコンサート観覧の報告です。

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2016.6.5 日曜日、「三山ひろし&市川由紀乃ジョイント歌謡コンサート」、丸亀市民会館、十二時開場、十二時半開演、前売りS席6000円、A席4000円、GL席2000円、全席指定。
さて、今回は珍しく演歌のコンサート。
地元丸亀で安い値段(GL席2000円)で歌謡曲ライブが聞けるとあって父と二人で駆け付けた。

それにしても演歌、歌謡曲の没落が言われるようになって久しい。
で今日、その演歌が完全に死滅してしまったかと言えばそうでもなく、現にこうして新しい人がぽつぽつとではあるが出てきてもいる。
今日はそんな若手二人によるジョイントコンサート。

筆者が子供の頃、日本の歌謡界はまだ全盛を誇っていた。
毎週のように繰り返される歌番組はそれこそ国民的な関心事の一つであった。
トップテンやベストテンという番組で上位に入った曲など、次の日学校へ行くと皆口ずさんでいたりしたものだった。
今の若い人には信じられない話かもしれないがみな本当のことである。

そしてそれを支える作詞、作曲、編曲、生バンドやコーラスの類も今思えば豪華絢爛たる才能の宝庫だった。
当時はそれが当たり前だったのでその凄さに気付かなかったが。
特に、演奏の生バンドのレベルの高さは凄いものがあった。
当時の録音などをテレビでやっているのを見ると、そのあまりの凄さに卒倒しそうになるほど。
特に筆者が生まれた昭和四十年代辺りの演奏が飛びぬけて凄くて、生きた音がビンビンに響いてくる。
当時のテレビなどに付いているスピーカーは粗悪なものだったはずだから、そんなに凄い音でなくてもよかったはずなのに、やはり当時は一切の手抜きなしの生一発の凄音を聞かせてくれている。
コーラスも同じで、生演奏が基本で一切の手抜きなし。
ぴちっと音が合った時の迫力は生演奏ならではだ。

そんな隆盛を誇った歌謡界もあれよあれよと言う間に衰退して行き、今では見る影もなくなった。
それでも、大木が倒れた後に、光が差し込む場が出来て新しい芽が出てくるように、この世界にも新しい人は出てきつつある。
そんな二人に送る言葉。

R&B、ソウルの大御所、ジェームスブラウンはそのライブで専属のMCに「tha hardest working man in the showbusiness」(芸能界一の働き者)と自らのことを紹介させていた。
ジェームスブラウンが活躍したのは、主に1960年代、アメリカが最も輝いていた時代である。
全ての人が平和と経済の繁栄の中で日々の仕事の中に己の生きる道を求めていた時代。
そんな時代の空気を巧みに読み取り、おそらくジェームスブラウンは「hardest working man」とやったのであろう。
そのフレーズは多くの人々の心の琴線に触れた。

そして実際、彼は民衆の心をわしづかみにした。
彼の音楽を聞く方からすると、一切の手抜きをしない本物の音楽を聞かせるJ.B.は、自分達、街の場末で目立たぬながらも地味な仕事をこなし、嘘のない仕事ぶりで国を挙げての大きな経済の繁栄を支えているという自負を持った人達の味方であり代表者であると素直にそう思えていたのであろうと推察される。

でもう一つ、そんなアメリカを思想面で支えていたアメリカンドリームの体現者としてのJ.B.。
貧困から歌一つでのし上がり、やがてはワンステージ百万、二百万という成功の世界を手に入れたJ.B.。
そんな姿も自分達の代表であり誇りとなって、多くの民衆の目にあれは自分達が生んだスターだと写っていたのであろう。

翻って今の時代はどうか。
世の中の景気は悪く、経済は沈んでいる。
ワンステージ、百万、二百万なんて夢のまた夢で、大半の人は安月給に甘んじている。
かくいう筆者もお恥ずかしながら、一日みっちり汗水垂らして働いて、一日平均約9000円ほどの収入である。
ジェームスブラウンがいい時代に生まれ、その時代を巧みに味方に付けたように、今の悪い時代には悪い時代なりの売れる作法があるはずであろう。

そんな時代にふさわしい己の売り方、立ち位置というものをお二人にはこれからも追及していってほしい。
もちろん、人にはそれぞれ個性というものがあって、合う合わないがあるから、何でもかんでも時代に迎合するという訳には行かないだろうが。
例えばもし運よく売れて成功したとしても、自らは安い賃金に甘んじて、地方回りのライブを中心に手ごろな価格で歌を届けるというやり方を通すことで、この時代の人々の心に訴えかけるという手法も考えられる。
まあ、その辺の具体策は素人の私よりプロの御二方の方がしっかり把握されているだろうからあまりくどくは言わないが。
とにかく、これからの時代にふさわしい新しい演歌、歌謡曲の在り方というものをお二人には模索していってほしいと思うのである。

前置きが随分長くなってしまった。
気が付けば、さて開演十五分前。
会場に入るとすでにすごい人、人、人。
ロビーでは、おやつやCD、グッズなどを売っていてさながらお祭り気分。
何だか楽しい雰囲気である。
会場は大入り、盛況だ。

十二時三十五分、定刻より五分ほど遅れてコンサート開始。
最初は二人とも自分達の代表曲を。
軽い肩慣らし。
しかし何と言っても、三山さんの「お岩木山」がいきなり聞けたのがよかった。
紅白でも歌っていたやつである。

途中のおしゃべりも面白い。
特に三山さんのしゃべりが上手で、上手く客をいじりながら適度なところでストンと落とす。
で、ぺらぺらとヨタを飛ばしながら。
昔からミュージシャンと笑いの相性はいいと言うが。
ただ、少し気になったのは、三山さんのしゃべりがあまりに上手すぎること。
笑いというのはけっこう難しくて、あまりに上手くやりすぎると反って嫌味に聞こえることがある。
三山さんのしゃべりも半分くらいそうなりかけているところがあるので、今後注意が必要だろう。

その後、客席まで降りてきて、握手しながら何曲か歌って、それが済むと再びステージに戻る。
そこで歌った二曲がすごかった。
今日一番の出来と言っていいくらい。
特に市川さん。
森昌子さんの「なみだの桟橋」を歌ったのだが、かなり歌い込んだ感じで、圧巻のステージングだった。
それに続く三山さんが歌った、三波春夫さんの歌謡浪曲も良かったなあ。
中低音の魅力が全開でセリフの部分も抜かりなく。

その後、市川さんのコーナー。
市川さんの声の魅力は、少し奥に入って行くような感じのある、それでいて後を引くように地味に伸びていく高音にあると思う。
そんな声を存分に楽しんだ後の語りで。
曰く、デビューしてからしばく経った頃、五年ほど歌手生活を中断していた時期があったそう。
ここまで順風満帆で来たわけではなく、様々な試練を乗り越えてきた中々の苦労人と見た。
そしてコンサートではその苦労を乗り越えて、今ある自分や周囲に素直に感謝の気持ちを述べていた姿が見ていて眩しかった。
聞いていて思わず応援したくなった次第。

そしてコンサートも終盤。
最後は、「いつでも夢を」。
御存じ、橋幸夫さんと吉永小百合さんが歌ったデュエットの名曲。
いやあ、実にいいもんですなあ。
歌とおしゃべりが存分に楽しめた贅沢な二時間でした。


最高のコンサートを聞かせてくれた、三山さんと市川さんに感謝。
丸亀市民会館の皆さんに感謝。
バンドの皆さんやコンサート関係の皆さんに感謝。
今日も最後まで読んでくれたあなたにありがとう。

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